否定されることや批難されることにはいつものことだ。ちいさいころからずっと。彼女たちが言うんだから本当のことなんだと思って育ったけれど、ときどきふとおかしいなって思うときはある。一向に認められないのはわたしのせいなのかもしれない。けど、ときどきすごく褒めてくれることがある。わたしが当たり前にしていることを。がんばってやったことはつながらなくて、あたりまえのことや適当にやってみたことが褒められたり、なんて、世の中そんなものかって片付けたくないけど片付いちゃうんだよなあ。否定されるのはいつものことだけど、それに慣れることはない。だって、否定されたらいつも悲しい。大きな声を出されるとこわいしびっくりするし、謝ったら相手は苛立って、わたしはさらに悲しい。心臓の縁から潰されていくみたいにじわじわ悲しい。
わたしの思っているふつうは、彼女たちにはふつうじゃないようなので、一緒に暮らしていても最後のドアを開けることはないのだと思う。いじけることすら笑ってくるので、謝ることすらないので、やっぱりわたしの最後の膜が破けることはないのだと思う。
わたしの思っているふつうは、彼女たちにはふつうじゃないようなので、一緒に暮らしていても最後のドアを開けることはないのだと思う。いじけることすら笑ってくるので、謝ることすらないので、やっぱりわたしの最後の膜が破けることはないのだと思う。


